お知らせ
「美術館問題について大いに語る会」解散及びブログ閉鎖のお知らせ
2008年3月14日(金)
安座間安司(美術批評家/「美術館問題について大いに語る会代表」)
当ブログでもすでにお知らせしたように、昨年(2007年)の11月1日、県民が長く待ち望んでいた「沖縄県立博物館・美術館」がいよいよオープンしました。
振り返れば、長年建設が望まれ、また計画されてきたにも関わらず、なかなか実現にまで至ることが出来なかった県立の「美術館」ですが、その構想がやっと本格的に検討されたのは1993年のことでした。その後、95年に「沖縄県立現代美術館(仮称)基本計画」として基本構想が策定され、財政難による凍結などの紆余曲折を経ながらも、2002年に具体的に事業が再開され、去る(2007年)11月1日に博物館新館との複合施設として開館にこぎつけるに至りました。
しかし、これまで当ブログでも再三指摘してきたように、その内実をみると、長く県民に望まれ、期待されてきた「美術館」という事情とは裏腹に、「基本計画」の理念にも矛盾する「問題だらけの美術館」と言わざるを得ないような状況が明らかになってきました。とりわけ、県行政による2006年1月の行財政改革懇話会による要望を受けて、それまで県直営で進められてきた計画が、本質的議論もなされないまま急きょその方針が変更され、経費削減を理由に学芸部門までを含めた指定管理者制度の導入という、無謀かつ拙速な施策へと移行する動きが顕在化してから、「美術館」をとりまく状況は、にわかにその雲行きが怪しくなってきました。
私たち「美術館問題について大いに語る会」(以下「大いに語る会」)は、2006年11月9日の「プロフィール」にも示したように、そうした行政の「おかしな」な施策や変わらぬ密室的なあり方、そして無責任としかみえない責任所在を曖昧にしたような態度に対する意義申し立てを行うために組織されたものです。
とはいえ、「大いに語る会」は当初からそれ自体様々な意見をもった人たちの集まりであり、「美術館」に対するスタンスも、また美術や芸術に対するスタンスも異なる価値観をもった人たちの集まりでした。当然そこには「運動」としての限界もあり、その意味では、当初から最大公約数的な問題意識を共有し、その上で可能なところから始めるしかないという制約のもとで出発するしかないものでした。そのため組織のあり方としても、具体的な統一した見解や目標の集約などは困難であることも当初から予想されたものであり、そうした限界を見据えた上で、私たちは2007年11月の「開館」までをめどにという共通認識のもと、これまで活動を行ってきました。
その間、県内外から美術館や学芸員、あるいは行政学やフリーのキュレィターなど、それぞれのスペシャリストを招き、2回のシンポジウム(1回はフォーラム)を開きました。そして美術館のあり方について興味をもっている多くの関係者や県民とともに話し合いの場を持つことにより、さらなる問題意識の共有の広がりを期待して、当ブログやホームページを開設したり、新聞やテレビなどの公的メディアの場を借りて、多くの人々の意見や関心が反映されるような環境づくりにも努めてきました。
また、県内美術関係者有志とともに、県知事や県議会に公開質問状や陳情書を提出し、慎重な運営のあり方を再度検討するよう求めたり、より県民に開かれた「美術館」のあり方を具体的に考えるために、担当部署との意見交換や交渉の場を設定し、直に議論を交わすこともありました。
果たして、そうした試みが、どれだけの効果や意義を生み出すことができたのかは分かりませんが、少なくとも当初の漠然とした状況を考えれば、その志のいくばくかは達成できたのではないかと思っています。
本来なら、これからが「美術館」の出発点とも言えるので、当会もさらに継続して活動していくのが理想ではありますが、この間、メンバー内の「美術館」に対するスタンスのあり方もそれぞれ変わってきています。そしてなにより、私をはじめ各自メンバーが、本業の仕事のかたわら、多くのエネルギーと時間をさいて運営してきた状況でしたので、ここにきてだいぶ疲労が蓄積し、活動を続けるにあたって支障をきたしているのも事実です。
以上のような事情で、この「大いに語る会」の活動を継続していくのが困難な状況にあることから、ここで(予定通りではありますが)「大いに語る会」の活動に一区切りつけさせてもらいたいと思います。
今後は、あらためて各自個々の立場から、それぞれのスタンスで「美術館問題」にアプローチしていくことになると思います。そして、ときにはまた共に「問題」に取り組むこともあるかもしれませんが、とりあえず今回をもちまして「美術館問題について大いに語る会」は解散させてもらいたいと思います。長い間、ご協力いただいた方々、このブログなり、私たちの動向に興味をもってみてくれた方々には本当に感謝いたします。
この「大いに語る会」解散とともに、当ブログも今回をもって閉鎖させていただきたいと思います(4月いっぱいまでの予定で)。暫定的にという形で開設された当ブログですが、結局は「管理人」の沖縄県立芸大講師の喜屋武氏には、最後まで配慮の行き届いた形で当ブログの管理をしていただきました。当ブログがなければ、これほどまでの広がりと内容をもった展開は不可能でした。喜屋武氏には代表としてあらためて感謝申し上げたいと思います。
また当会ホームページついては横田和美さん(Planning Office Module)の協力を得てしばらくの間は継続することにいたしました。シンポジウムやフォーラムの全文及び当ブログにおいて掲載された主な「論考」などを所収してあります。横田さんにも代表として併せて感謝するとともに、もうしばらくの間、管理のほうをよろしくお願いしたいと思います。
なお、この間の経過やその後の経緯については、小林純子沖縄県立芸術大学准教授による、当ブログの『美術館問題とは何か』ほか、当会ホームページに最近掲載しました『「沖縄美術の要」見えぬ策』、『紆余曲折の果てに―沖縄県立の美術館問題の経緯と現状』に丁寧にまとめられていますので、ぜひそれらを参照していただきたいと思います。また、それらと時期をあわせて、琉球新報2008年1月28日(月)〜30日(水)に掲載された『沖縄県立博物館・美術館/開館に想う(上)(中)(下)(小林)』も当会のホームページに所収してありますが、今後の美術館のあり方に“喝”を入れるような刺激的な内容になっておりますので、そちらもぜひ参照ください。
※『開館記念展』は去る3月24日をもって終了しました。これまで多くは批判的見解ばかり述べてきましたが、関連イベントのいくつかは刺激的で興味深いものもありました。とりわけ私個人としては「踊りにいくぜ vol8」関連のイベント(桜井圭介氏の「おもろまちダンス教室レクチャー」やダンス公演「テーパノン」とその関連イベントなど)は個人的に興味深いものがありました。
ほかにも「沖縄ロック」や「ジャズ」の公演、また沖縄関係の映画特集や演劇「人類館」公演などの関連イベントも盛況のようでした。なお、展覧会『沖縄文化の軌跡1872―2007展』の総入館者数は「93日間の会期中に2万8千393人」でした(沖縄タイムス2008年2月25日朝刊より)。
<お詫び>
※ 私、安座間が当ブログ2007年11月18日に掲載した「それにしても、なぜ『沖縄文化の軌跡1872―2007』展なのか?」の最後で、なかば“怒り”にまかせて予告した、『美術家照屋勇賢の作品「結い You-I」の評価をめぐる「批評(批判)」と、沖縄タイムスによる「美術家岡本光博バッシング」に対する「批判」』についての「論考」は、今回は、私、安座間の個人的な事情で掲載を見送らせていただきたいと思います。本当に申し訳ありません。
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